2012年12月12日

木活協(木を活かす建築推進協議会)

今年度の技術支援は

斜面地に建つ高齢者向け住宅(専攻高地移転のための集合住宅)です。

WS-1 類似事例の調査 新潟県長岡市山古志支所への復興事業調査
WS-2 徳島県南部における傾斜地建築の基礎についての検討
WS-3 本計画の講評会+本計画及び復興マスタープランの発表会


12月10日〜12日、まずWGのメンバー達で山古志へ行ってきました!

121211メモ@山古志支所
・美波町津波予測高さ13m
・高齢者を先行避難させておいて、若い人の逃げる時間を確保したい。
・美波町をウエブで見たが、自治体として動きやすいサイズ。
・地震おきてないのに自治体挙げてのこの動きはすごい。

・自力建設と罹災者住宅がある。参考に。
・2ヶ月間は避難所暮らし。その後仮設への入居が始まった。
・地震前の住民のうち6〜7割の人が帰村している。
・地震の直接の死者は二人。牛舎の倒壊で・・・
・被災後、村長と試算した。
・約300世帯のうち、自力再建100、公営住宅100、帰らない100。
・結果は再建99、公営35。
・戻らない世帯も多くは山古志からそう離れず、近くの長岡に居る。
・通勤農業をしている人も多い。
・今は除雪、消雪がちゃんとしいているので通える。

・震災前は、雪深く、なにかと山古志はマイナス思考(志向?)だった。
・闘牛くらいのもので。闘牛は「島のもの」それだけ「離れた」地域だということで。
・村を再生しないと、と、動き始めた頃に発災。
・震災で、過疎化高齢化が15年分くらいすすんでしまった。
・震災前に130人だった小中学生が50人に。今年の新入学は一名だった。
・今の住民はイキイキしている。
・三年間の仮設暮らしの間、励ましあい、よその人からの励まし、再評価でむしろ元気に。
・戻った人には「がんばる」覚悟がある。自分達でやるんだという意識がある。
・自分達でやらないと、ときづいて一生懸命やっている。

・自力再建できない人の罹災者公営住宅は35世帯。一箇所に集めず、各集落につくった。
・ここに建てる家には、それぞれ○○さんが住む、○○さんの家、として、
・○○さんの話を聞いて計画した。
・80過ぎた人が「山古志で死にたい」と。
・集落を作り直す。
・35のうち4戸はあいている。つくるのはいいが空いたときどうするかを考えないと。
・一般公営住宅にすることもできるが、収入に応じた家賃体系なので
・例えば共働きの若夫婦だと高くなる。同じ額なら長岡に、と、なってしまわないか。難しい。
・若者を山古志にとどまらせる仕組みが必要。

・震災直後に長岡市に吸収合併された。
・行政が大きくなるほど融通が利かなくなる。
・なんのための役所か。住民あっての役所。

・雪の日は外に出ない。雪の間は休む。となってきた。出稼ぎはS45あたりで途絶えた。
・専業農家はない。半農で、近くに勤めている。
・除雪はくまなくやる。雪上車で各戸の玄関先まで踏んでもらえる。
・隣組、近所の付き合い濃い。顔を見る、声をかける・・・。

・罹災者公住には小規模住宅地区改良事業計画を適用。しかし国からは4割しか出ない。
・家賃12,600円
・県からの復興基金が5年間、半額出た。
・集落ごと山古志以外にでていったのは無い。
・「帰ろう山古志」を合言葉に。

・切土の土地を作ってもらってそこに建てた。
・土地の安全性はどのように確保?
・ボーリングまでは行かないが地盤調査して。
・山古志に限らず、中山間地区で山が地すべりしてできたのが棚田。今は比較的安定している。
・何万年も前に大きく地すべりしたところに学校があって、そこに新しい集落になった。
・建物は混構造、三号ものとして申請。

・この山古志に魅力を感じて外部から入ってきたのは一人。
・出ていた人がその後帰ってきた例もある。夫婦で。自力再建で。

・指南してくれたのはアルセッドの三井所先生、東洋大内田先生。
・小規模住宅地区改良事業計画を提案してくれた。4割しか出ず、あとは市の負担。
・効率的には防災集団移転がいいし移転には100%お金が出るが。
・よそへの移転は考えられない。
・道路整備をしながら、壊れた建物を除去しながら、協議して、建てていく道を選ぶ。

・各集落に、区画整理のプロの都市計画のコンサルが入った。
・山古志の復興推進室がリードして。
・アルセッドとともにつくった地域らしい再建計画をツールに。
・外様が描いたものは絵に描いた餅。住民が入らないとだめ。
・縁故を大事にする土地柄。近親者にビルダーが居ればそこで、が多い。
・ハウスメーカーのものを買う人も。
・何軒かまるごとひとつのビルダー、も。

・建設会社は震災直後は応急修理で手一杯だった。
・その頃山古志はまず道路の復旧中。
・地元住民がはいって計画を練っていた。公営住宅は1年半後に着工。
・県産材、地域材、真壁・・・
・沈下を防ぐため、掘って、砕石を入れて改良した。

・中越地震以前は「個人資産には税金を投入せず」だったが。
・以降、災害救助名目で全壊で300万くらいでるようになった。
・その他県産材補助40万などで、各戸約480万支援できた。+義援金など。
・地盤は県がつくってくれて。
・義援金は、山古志に集まったものプラス県へのものの分配など。
・県レベルの基金。大義があれば補助を出す、という方向に。

・切妻屋根、景観への寄与。
・もともと山古志の家は大小混在していた。
・越後の家の典型:厩付き、まがりや、切妻。茅葺を板金でつつむ。100坪くらい。
・モデルは50坪総2階。雪に対して屋根を小さくして。3階建が59坪。
・個人事業主のビルダーが請け負って、約50万/坪

・山古志でなにをしてなりわいを?
・山古志に住むことがアイデンティティ
・鯉専業の家が20数軒ある。
・住むことに理屈は無い。土着の人は、理屈なし!
・コンサルの中で、「山古志でなにするの?」というスタンスで入った人は失敗した。
・その集落ではわずかの人しか残らなかった。コンサルで鬱になった人もいる。
・自分の家が傾いて、帰村許可のときに片付けに入って、外でおにぎり食べて。
・傾いていてもやはり落ち着くのが我が家。
・仕事があるなら仮設でもいいとかではない。
・みんなで移ればOKか?でもない。

・いろいろ難渋してみんなが決断付かないときに。
・一人が「建てる」と決めると、自分も、と、周りの人も決心する。
・長岡に家を建てて、満足していた人が。
・山古志での開放的な暮らしとくらべて窓も開けられない状況に。
・「牢屋みたい」と言い始めて、今では小屋を建てて山に通っている人もいる。
・こっちの山を見て暮らしていた人が、あっちを向いては暮らせない。
・前と同じ風景の中で前と同じような人たちと、住みたい。

・聞き取りをしっかりしないとだめ。
・本音を言える場所をつくってまずは話し合うこと。本音をいえる雰囲気をつくること。
・コミュニティを分断しない。
・今までと同じ暮らしができれば。
・若い人は変化に順応できるが、50、60でよそに行くのは難しい。

・徳島県南では、要介護者、高齢者の施設などを。
・弱者のコアを安全なところにもっていこうとしている。
・公共建築を高台に持ってあがる。低地にのこされた弱者には逆に負担。
・建築制限、条例ができたらどうなるか。
・たとえば、津波で家をなくした20世帯と、それより上で家の残った10世帯。
・30世帯の集落。どうつなぐか?分断されてしまう。
・前もって仕組みづくり、役割分担を決めておけば。
・コンサルも、前もってかかわりをもっていれば違うのでは。
・相互に知り合ってサポートしあうようなことをしておく。

・役場の中心人物が真中近くにいて、怒られ役でがんばらないとまわっていかない。
・最初に土木コンサルが絵を描いてしまうと、あとからくる建築が困ってしまう。

・自力と公営の境界?
・当初79世帯が公営希望。若い人も。
・それぞれヒアリングして。
・みんながんばってるんだから、と、できるだけ自力にもっていった。
・あのひとは?当然公営でいいよね、と、相互認知されたら公営に、という流れ。
・みんな経済状況もお互いわかっているので不自然なことはできない。
・あの人お金あるのに公営にいる。となると、コミュニティが崩れる。
・弱い人ばかりではその集落の統制が取れない面もある。元気な人がいたほうがいい。
・自力建設のためのツールが、このアルセッド提案。
・集落の中に公営も混在して、公営の人も集落再生の構成員である。

・公営住宅の払い下げ?
・補助金の期限が過ぎたら、所有者である自治体の自由ではある。
・数世帯は将来の払下げ希望を聞いているが、実際どうなるか。家賃安くてそのままでは。
・空いたら一般公営住宅に・・・でも入る人は。
・当時平均年齢76歳。
・コンバージョン?二戸一の界壁には耐力壁を入れていない。一戸にもできる。
・公民館?民宿?あらゆる可能性、否定しない。

・自力99戸のうち、19戸がアルセッド提案にのった。
・モデル棟の建設が遅れた。
・大学教授や、著名建築家、有識者が県に書面を提出して、OKがでた。
・自力建設の決定がモデル棟ができたあとのひとは決めやすかった。
・やはり実物の力は大きい。
・図面を読むのに弱い大工さんたちも、見てわかる、とても役に立った。
・かつては下見板張りの家が多かったが、イコール寒い、という印象から。
・新しい家に使われるサイディングがいいんだというイメージが広まって。
・景観的には下見板がいいし、モデル棟で、下見板でも寒くない、と感じてもらって。
・以来、既存のサイディングの家が下見板に変えたのもある。
・山古志らしい。いいことだよね〜となってきている。

・「なりわいの生態系の維持」
・神戸の復興では地元に金を落とせなかった。
・越後材、そもそも生産が少ないのに、使用を条件にしたことで時間が係った。
・乾燥にも時間かかる。雪で工事できない時期もあり、スピードが問題。
・補助金があれば売れるが、補助が切れたら売れなくなる。不良ストックもちたくない。

・混構造(三号もの)で構造設計が必要だが、プロトタイプでこなしておいて使いまわす。
・構造ソフト「きづくり」使用?山辺先生。
・高床RCに木造を載せた混構造、構造計算不要?税法上の面積の話と混同されている。
・条例で基準法を緩和することはありえない。1.5M以上の高基は、階に数える。法律はぶれてない。
・→確認の不要な地域で、積雪に対する必然性から自然発生したという側面がある。
(・・・オフレコばなしはカットしています・・・)


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山古志支所会議室からの風景



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会議風景



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復興した集落のひとつ。

事前に報告書などを見て「山古志らしさとは?」と思いながら現地を
訪れてみて。
現地の人には「まあよりによって時期はずれ大雪の日に!!」と同情
されながら、しかし、
・雪下ろしの不要な屋根の形状
・積雪でどうしても必要な大きな隣棟間隔
・妻入りの平面計画
・積雪で暗くなる時期のための妻面の高窓
などなど、図面としての情報ではぴんと来なかった必然、つまり山古志らしさ
を、機能的要求とその機能する様をセットで見られたのはこの上ない幸運!!



入り口を整えるおばあさんの足元は

IMG_1466.jpg
かんじき!!
左官屋さんくらいやな徳島でこれ使うのは(笑




IMG_7471.jpg
消火栓。
夏見たら「なんで?」となるわなこの高さ。

行ってよかった山古志村。
では「徳島らしさとは?」事前復興の大きな鍵です。







posted by mokuken at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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